正論を語るより正解を探り合えばいい。

こんにちは兵頭です。


さて、タイトル通り。


正論は頭の中か机の上に置いといて正解を考えて伝えようねって話です。


以前書いた↓

世の中の小さな争いごとの9割は勘違いから生まれると・・・。


そう残りの1割!!


の中の2割が位のこと書こうかなぁって。


さっき書いた【正論は置いて】ってのは美容師として話をする時だけでなくプライベートもすべて出来ると素敵だなって。


そもそも僕自身【論】は口に出して語るものではないと思っています。


例えば、学校の授業や塾などの習い事やセミナーこういった講師の話を一方的に聞きたいという受講者相手であれば【論】を語る場合もあるかと思いますが。。。


ただそれが、ごく普通の会話の中でなら話が別だということです。


僕自身の【論】に関するイメージなのですが・・


まず、圧倒的な逃げ道の少なさ。


白と黒しか存在しない柔軟性のない事柄。


そのようなイメージがあり人と人の会話の中ではマイナス性の多い事柄だと思っています。


そもそも人が論を唱える時って時すでに遅し状態のモードが多いと思うのですが、会話の中で【正論】で話をされた場合に相手を正解に導く為の方法は1つしかないんです。


相手の【正論】を受け入れる。


それだけです。


言葉のキャッチボールをやめる。


お互いがお互いの正論で話したらただの【口論】ですよ。


論を論で返してねじ伏せても結果相手に新しい正論を渡してしまうか言葉が出なくなって負けたという感情を与えてしまうだけで何一つ解決に至ってないと思うんです。


果たして僕たちは何を求めるべきか。


僕たちが求めるのは正論でなく正解なのだと。


正解を導き出すのは正論を語るより何倍も難しく時間もかかるのは確かです。


人と人の人間関係の正解を出すということは正解がないということでそれをあえて決めるという責任感もあります。


あえて作ったり作らなかったりする逃げ道。


あえて設定より低かったり高かったりする落としどころ。


限りなく灰色に近い灰色。


もう、うずうず痒くなることばかり!!では無いんですよ。


やはり正論も必要なんです。


正解を導く為の正論。


時としてビシッとしめる必要性。


もっと、僕自身も相手のことを考えた言葉を選べるようになりたいものです。


ではでは。


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